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雨の日は会えない 晴れた日は君を想う

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「雨の日は会えない 晴れた日は君を想う」

新宿シネマカリテ


デイヴィス・ミッチェルは30代半ばで出世コースにも乗ったエリート銀行員。

美しい妻を持ち、上司であり義父でもあるフィルとの関係も良好、

苦労とは無縁な完璧な生活を送っていた。

しかし、ある朝車での出勤途中に突然の交通事故が彼を襲う。

車内には自分と妻の二人、デイヴィスは一命を取り留めるが、

妻がこの事故で命を落としてしまった。

本来なら妻の死に悲しみにくれるはずだが、

ディヴィスはどうにも哀しむことができない。

果たして自分は妻を愛していたのであろうか?

自問自答を続ける彼は、自分の心を整理する方法を考える。

そんな最中、フィルから「心の修理も車の修理も同じことだ。

まず隅々まで点検して、組み立てなおすんだ」

という言葉をかけられたディヴィスは、

身の回りのあらゆるものを分解し始める。

奇怪な行動に周りの反応は半信半疑だが、

ディヴィス自身は心の解放を感じていた。

それと並行し、妻が亡くなった晩に病院の自販機の不具合から

業者に送った苦情の手紙を発端に、

顧客担当責任者のカレン・モレノと不思議な書簡がスタートしていた。

電話で話をし、遂には対面することになった二人。

カレンの息子で問題児のクリスとも交流を深めた

デイヴィスの心は少しずつ再生に向かっていくのだが・・・

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

アメリカ版「永い言い訳」かと思った。

妻を亡くして、悲しみも涙も流さない。

自分は妻を本当に愛していたのか?

自問自答しもがき苦しみ自分と対峙していく。

その中で、「破壊」というキーワードで彼は徐々に「再生」していく。

彼を取り巻く登場人物がいる。

それは心の支えにもなったろうし、変化ももたらしたのだろう。

先日観た「素晴らしきかな人生」にも言えるかもしれないが、

大切な人を失ったとき、立ち直るのは結局は自分次第なのだ。

もちろん人間は独りぼっちでは生きていけない。

たくさんの助けがあって生きていける。

その助けや支えを純粋に受け止めることで

人は立ち直ることができるのだ。

屁理屈や強情を張っていても自分を削るだけ。

目の前の置かれている現実が認知できるまで時間はかかるかもしれないが

きっと解決できるのだ。

それは、わたし自分自身に言い聞かせている教訓かもしれない。

デイビスは、妻との関係のあったものをことごとく壊していった。

ある種病的だし、子供返りのようにも見えた。

最後邦題のタイトルの言葉の意味がわかり、ちょっとほろっとしました。

私も、家じゅうの皿という皿をぶちまけた時がありました(笑)

ぶちまけた後の掃除と床の傷で我に返るんですけどね(笑)

すっきりしましたよ。その後、ぜーんぶ新しい食器に替えてやりました。

これを書きながら・・・

昨日、大変ショッキングなニュースが飛び込んできた。

今まだ解決していないので、うかつなことは言えないので差し控えるけど。

ただ、今残された人たちのことを考えるととてもいたたまれない。

何もできない自分だけど、ただただ祈っている。

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chacha

  • 20130113_083619.jpg
    平成15年7月に妹のグリと一緒に我が家の一員に.。 平成25年1月12日天使になる。享年9歳