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クリスマス

ほぼ日の糸井さんが毎日書いている

今日のダーリン

昨日のことなんだけど

なんかすごく共感してしまったのでコピペします。

・若いとき、いつぐらいまでだったかなぁ。
 クリスマスイブは、ほんとうにいやだった。

 そういう気持ちは、日本中の、
 かなりたくさんの人たちが持っているはずなのだけれど、
 「苦しいほどさみしい」とか感じている当人にとっては、
 じぶん以外ほとんどの人のことが、幸せに見えてしまう。
 ふだんの日には、あんまり感じてなかった
 「じぶんのさみしさ」というやつが、
 他人たちみんなの幸せそうな明るさによって、
 格別に暗く重く目立ちはじめるわけだ。
 
 人の心持ちが明るく見えるだけではなく、
 街も道も、音楽も、すべてが明るく騒がしい。
 「じぶんのさみしさ」は、どこにもいられない。
 こんな、クリスマスなんてものがなければ、
 こんなにさみしくならなかったのに。
 というようなことを思う。
 幸せそうに見える人びとのことも、
 どこかで無理をしているにちがいないと想像する。
 こんな日があったから、その日のための演技をしている。
 そして、空から星が降ってくるかのように、
 じぶんのさみしさを溶かしてくれるような人が、
 ここに来てくれないものかと虚空に向かって願う。

 いつのまにか、その「さみしさ」は、
 クリスマスのせいではなくて、
 あらゆる人間が根源的に持っているものだと知る。
 その「さみしさ」と面と向かわざるをえない日が、
 たまに、たとえばクリスマスイブの夜にある。
 そんなことを知るようになる、じょじょにだけれど。
 そして、明るくまぶしく見えていた人びとのことが、
 そういうものでもないんだ、と知ることにもなる。
 
 じぶんが、たくさんの「さみしさ」を持っていると、
 あきらめるように知ってしまってからが、
 大人としての日々なんだろうと思う。
 クリスマスを憎んだことのある人は、幸いである。
 そのときに見つけた「じぶんのさみしさ」こそが、
 すべての素敵なものを入れる宝箱なのだと思うから。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
若くもないはずなのに、なにを書いているんだ、おれは。

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クリスマスイブは、ライブハウスで素敵なライブを

聞いて、一人だったけどそこに行けば

知り合いもいるし、全然さみしくないんだけど

帰りひとりぼっちで帰るときは本当にさみしくて

やるせないむなしさがこみあげてきた。

去年はそんなこと思わなかったけど

今年はなんかそう感じたんだ。

楽しいことが永遠に続くわけでもないけど

大人だから日々我慢しながら生きているわけで

クリスマスはちょっとセンチメンタルになった

クリスマス明けの月曜日。      

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chacha

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    平成15年7月に妹のグリと一緒に我が家の一員に.。 平成25年1月12日天使になる。享年9歳